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信onでの一番の知人

2014年05月21日
こんばんは。うにです。


私は信onにログインした際、
必ず一番最初にすることがあります。


それは、知人欄を見てある知人がログインしていないかどうかを確認すること。
これだけは今も昔も変わらず、ずっとやっていることです。


そして、お察しだと思いますがこの知人はしばらくログインしていません。
「そろそろ復帰してくれるかな」という期待を抱きつつ、
「やっぱりログインしていないな・・・。」と落胆すること。
これが私の信onでの一日のスタートです。


今日はこの知人について記事を書いてみようと思います。

★------------------------------★


私とこの知人(以後、Kさんとします)と出会ったのは9年以上前。
私の1stキャラである仏門僧がまだLv10そこそこの時。


即ち、信onを初めてすぐの頃です。


泣き草狩り徒党で一緒になり、その次の日に偶然稲葉山の機織で生産しているところを見かけたので、
私から声をかけたのが始まりでした。
彼は私にとって信onを始めて3番目にできた知人でした。


1番目にできた知人はFF11から気晴らしにきた体験アカウントの方で
親しくなりつつも、すぐに辞めてしまわれた。
2番目にできた知人は、どうしても性格の不一致を私の方が感じてしまい、
最初のうちは交流はありつつも、だんだんと疎遠になった。


そんな中でできた3番目の知人。


このKさんこそが、私の長い信onライフの中で最も親しい知人です。


Kさんも同じ1stキャラで、レベル帯も一緒でしたから、
おそらくほぼ同時期に信onを始められた方なんだと思います。
お互い1stキャラ同士ということですぐに親しくなりました。


チャットで話したことや、一緒に狩りに出かけたことは数えきれないぐらいあり、
私にとっては非常に大きな存在でした。


親しくはなりつつも、彼と私ではキャラの成長スピードに差がありました。


過去の昔話記事でも少し書いていますが、
当時もっとも誘われにくい職であった僧を1stキャラに選んだこともあり、
また消極的な性格でソロや少人数狩りばかりしていた私は成長も非常にゆったりペース。


逆にKさんは、2ndキャラの侍が半月でLv50に達するほどのプレイスタイル。


そして、信onを始めて1年が経つ頃には
彼は当時のカンストレベルでもある60に達しているキャラもいる中で、
私の1st僧はまだレベル38という現実。


この頃になると、
「自分はオンラインゲームには向いていない」と感じ始めており、
引退という選択肢もちらほら頭の中にはありました。


それでも、「手伝いでもなんでもするからもう少し頑張ろうよ」Kさんに慰留され、
私もその思いに答えようと頑張った結果、
破天の終わりぐらいにようやく彼にレベルの上で追いつくことができました。


この間、いったいどのぐらいお世話になったことか。
経験狩り、楮・雁皮集め、荷物移動、昇進試験。
始めて黒雷を突破した時もKさんが居ました。
始めて鎧剛鬼を突破した時もKさんが居ました。


今度は私がKさんの手助けをしたい。
そう思っていた矢先、争覇になりしばらくして彼は課金を止めました。
この時はもう一人仲の良かったAさん(こちらの記事)も居なくなり、
しばらくは本当に一人ぼっちの信onライフでした。
私の方も課金を止めた時期もあります。


その後、Kさんは新星実装の半年ぐらい前に戻ってきて、
新星直前には、当時先行して一門が実装されている中
どの一門にも所属していなかった私を武田の白桔梗一門に誘ってくれました。


新星スタートしてしばらくすると、また彼は課金停止してしまいます。
前回争覇で長い期間課金停止していたこともあり、
この時はもう二度と話す機会もないんだろうなと思っていましたが、
新星半ばで戻ってきてくれました。
やっぱり嬉しかったですね。


この時になると私の方が信onプレイヤーとしては
変な言い方ですが完全に上位でしたから、
逆に私の方が色々お手伝いしたり、党首していろんなところへ誘ったりしました。


私の一人一門にもキャラを置いてくれましたし、
白桔梗一門の次に所属した反撃死乙隊一門にも入ってくれました。


この復帰期間はおよそ半年ほどでした。
ある時、鳳凰の章の実装が迫っている時期に一緒に人取pt狩りを行った際、
私がリアルの方でちょうど結婚を控えていた時期でして、
Kさんに相談に乗ってもらったりしたのですが、
この時の人取狩りがKさんと話した最後の機会となりました。


この後、また課金停止してしまい、
それ以後は話す機会もなく今に至ります。


もしかしたら、鳳凰の私が課金停止していた期間に復帰していた可能性もありますが、
残念ながら知るすべはありません。

★------------------------------★

私が今信onを続けているのは、
Kさんという存在があったからこそ。
彼が居なければここまで続けられていなかった。


だからこそ、彼が復帰したらどんな手助けでもする。
今でもその思いは強いです。


もう信on自体が末期状態の現状、
復帰する可能性は正直薄いと思っています。


それでも、


これからも同じように、知人欄をチェックしていこうと思ってます。
いつか復帰してくれることを信じて。
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昔話【あんな最低な徒党には戻りません】

2013年11月06日
こんばんは。うにです。


久々の昔話な記事になります。
文章だけの長い記事になりますが、ご了承ください。





比叡山叢雲堂。


私の中で一番思い入れのあるダンジョンです。
1stの仏門が特化を覚え、レベル60まで育っていく中で
経験値の6割以上はこの叢雲堂で稼ぎました。
ここで狩りをした回数は数え切れないぐらい多いです。


当時は回復役と言えば薬師が絶対で、
僧職は雑魚狩りと言えど、なかなか枠はありませんでした。


ただ、いくつか例外もあります。
その内の一つがこの叢雲堂。


ここでは術狩りが一般的で、敵は死霊や妖怪ばかり。
つまり、僧の破魔光が非常に有効なダンジョン。


更に、ここでの狩りは寝かし隠しで奥まで進んでからスタートするのが一般的ですが、
(手前の方は、破魔光が効きにくい妖獣や精霊タイプの敵がいるため)
その寝かし作業を担当するのも僧職。(密教・七の死人休め)


他のどのダンジョンに狩りへ行っても薬師がいて、
回復は不要、術ダメも僅か、物理ダメも僅か。
徒党内での自分の存在価値を見出せず、終わった後も「楽しくなかったな」と思うことがほとんどの中で、
この叢雲堂だけは別でした。
回復・攻撃・野外作業。
色んな役割があった分、楽しかった記憶の方が多いです。


けど、そんな楽しかったという思い出の中に、
たった一つだけ、苦い思い出があります。
いや、私は直接関係ないので「苦い」という表現は正しくないかもしれませんが。


前置きが長くなりました、今日はその時の出来事について。




その日もいつもと同じように、叢雲堂の術狩り徒党へ参加していました。
党首さんが7人集め終わり、いざ比叡山へ。


移動の途中、徒党内で雑談で盛り上がっているところへ、
それまで無言だった党員の陰陽さんが唐突に口を開きました。
(以後、Tさんとします)


Tさん「私のスカートの中見たら罰金ですw」


・・・当然、誰も反応しませんでした。
そりゃ、会話が盛り上がっているのに、
いきなり話題を変えられて、しかもイミフなこと言われても誰も反応できません。


その場はみんなスルーして、会話を続け
いざ比叡山から叢雲堂内に移動し、狩り開始。


そして、狩りが始まってまたすぐにTさんが、


Tさん「私のスカートの中見たら罰金ですw」


と、先ほどと全く同じことを言い出します。
もちろん、みんなスルーです。


そして、数戦してる内に急に戦闘後が重たくなりました。
どうやら一人回線落ちした模様。
・・・言わずもがなTさんでした。


このときはみんなすぐ戻ってくるものだと思っていました。
ところが、待てど待てども戻ってきません。


そこから数戦した後、党首さんが知人登録してみたようです。
すると、知人登録に成功したようで。
(つまり、ログインしてることになります。)
で、私らも知人登録してみます。すると、


叢雲堂にいるかと思いきや、近江にいるではありませんか。


「間違って帰還しちゃったのかな?」


と言う党員もいましたが、
(それは考えにくいよな・・・)
と思ったのは私だけではなかったと思います。


Tさんの真意も分からないまま、6人での狩りを継続します。
そして、数戦した後再び知人欄を見てみると、
今度は美濃に居ました。


これにより、狩りに戻る気がないのは明白になり、
残った6人の間でも色々と憶測が流れます。


そんな中、党首さんが思い切ってTさんに対話してみたようです。
対話なので詳細は分かりませんが、

「戻られないのですか?」

のような内容ではないかと推測します。


ただ、党首さんはその内容を話したくないようです。
そして、「党首としてショックを受けている」とも。


そうは言っても、他の五人からしたら納得できないですし、
「ショックを受けている」なんて聞かされたら余計に気になりますよね。


そして、狩りが終わって各々が拠点に戻る際、
ある党員が「どうしても」と懇願した結果、
党首さんもついに折れたようで、話してくれることに。


「あんな最低な徒党には戻りません。」


これが、Tさんからの返答だったようです。


これを聞いた私たちは、みな寝耳に水のような状態。
誰しもが心当たりがなかったからです。


そして、ログを辿っていく内に、
なんとなく理由が分かってきました。


「私のスカートの中見たら罰金ですw」


2回に渡って発せられたこの言葉に誰も反応しなかったから。

・これと初回の挨拶以外にTさんの徒党内での発言がなかったこと
・上記発言のすぐ後での脱党(回線落ち)であること

この二点から、上の理由でほぼ確定だろうなというのが
私たち6人の結論でした。


しかし、理由が分かったとしても、
到底納得できるものではないですね。


まず、あんなしょーも無い発言に誰が反応するのかと。
そして、反応してもらえなかったことに逆恨みし、
無言で脱党して一人でさっさと帰った挙句、謝罪もせず仕舞には、
「あんな最低な徒党には戻りません。」って、


悪いけど、お前何言ってんの?


って感じです。


良識ある大人なら、せめて急用を思い出すなり
仕事が入ったなりしてほしかったですね。
それならまだ理解されたろうに。


そして、党首さんに懇願した党員は党首さんを励ましてました。
これは党首の責任ではないと。
そして、党首がショックを受けることはないと。
口には出しませんでしたが、私含め残りの4人も
「党首には一切非がない」というのが共通認識だったと思います。


みんな口をそろえて絶交を宣言している中、
私だけは絶交せず知人登録だけしてました。
同じ所属国ということで、絶交して悟られたら嫌だという思いもあったからです。


そして、一度も知人登録を解除しないまま今日まで至ります。


ちなみに、この話は飛龍時代のことで、
今より7年以上も前の話です。
Tさんも今はいません。


というか、破天の中期にはもう見かけることもなくなりました。


一度だけ新星の間に稲葉で見たことはありましたが、
それっきりでした。


さすがにかなり昔の話なので、
私も当時の記憶は薄れつつあります。
ただ、当時の「それはそれは凄い人と組んでしまったものだ」
という思いだけは強く残っています。


今でも叢雲堂に行くと、たまにこのときの事を思い出します。
印象深い出来事というのは、何年経っても記憶に残るものですね。




長い文章で申し訳有りません。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

昔話【ドラクエ的勇者(後編)】

2011年04月26日
こんにちは。うにです。


今日は、昨日の記事の続きになります。
で、簡単なあらすじですが、


約4年前、ちょうど3rdキャラの忍者を育てていた頃。
知人のAさんを連れ、自ら党首してクリアTDへ。
飛んだ先は安計呂山の庵でした。
開始してから、党員のBさんの言動に違和感を覚えつつも、着々と試練をこなしていく中、
Bさんから思いもよらぬな言葉が。

ドラクエ的勇者な方がいるんですが・・・。」

と。



それはそれは痛烈な一言でした。
それが私のことを言っているのは、ほぼ明白だったからです。


ワープ先のこの部屋は、1体構成の敵が多く
ほとんどが、私(忍者)の三連撃一発で戦闘終了ってパターンだったんです。
ドラクエ的勇者というのは、
私が敵を釣って一人で倒し、また釣って・・・、
を繰り返していたことから出た表現だと思います。
(というか、そういう風に解釈しました)


おそらく、ガンガン敵を釣る私が気に入らなかったんでしょうねぇ。

私の言い分(もちろん口には出してないですが)としては、
そういう不満が出るだろうと分かっていたからこそ、
この部屋にワープして最初に、
『とりあえず、この部屋の敵全部狩りますね^^』
と言ったつもりだったんですが。


まぁ、結果的に徒党員の野外行動をアタッカーである私が待たなかったことになるわけですから、
私にも非があるのは否めないですが、
その後もBさんの嫌味は止まりませんでした。


ザコ狩りしてる最中ですが、
アタッカーが私とAさんの二人だけで、
戦闘が長引くこともあり、他の徒党員の方が、

Bさん、殴らないの?」

と言うと、

Bさん:「どっかの忍者みたいな、いい装備してないしさ・・・。」

Bさん:「俺が殴っても気休め程度にしか・・・ww」

もうこの時点で、かなり心折れてました。
たしかに、レベル30そこそこにしては贅沢な装備かもしれなかったですが、
先の「ドラクエ的勇者」発言も含め、
あからさま過ぎて
『ここまで言われなきゃいけないのか』という思いでいっぱいでした。


この後も、制限時間が終了するまで、終始この調子で嫌味を言われ続けました。
私は一貫してスルー・・・、
いや、スルーしていたというよりは・・・。


んで、狩り終盤には、

Bさん:「俺の歌を聞けぇぇぇぇえええ!」

とか、訳のわからないことを言い出す始末。
最後の方は、Bさん以外誰も喋らない状況が続き、
私に対する嫌味と、見苦しい独り言を
放心状態のまま、ただただ眺めているだけの状態。


そして、制限時間が終了し詰所を出た後に真っ先にしたことは絶交登録。
当時信onプレイ3年目にして、初めてこの機能を使うことになりました。


そして、まだ話は続きます。
実は、Bさんの所属は私の1st僧や2nd鍛冶が所属する国と一緒。
(忍者は勢力ボーナスの関係で上杉でスタートさせましたので、この時点ではまだ違う勢力。)


んで、今でこそ合戦に出ない私も、
この当時はまだ私も合戦には出ていました。
その日もいつものように戦場へ向かったんですが・・・、
悪いことは重なるものですね。
そこにBさんが居たんです。


前の方で戦ってて、少し後方に引いたら
その場に居合わせたBさんに与生気をもらいまして。


それは複雑でしたねぇ。
「ドラクエ的勇者」と罵られた前回の一件から、まだそんなに日が経っていませんでしたし。
あの時言われた嫌味と罵倒の数々が頭をよぎり、
怒りの感情と、お礼を言わなきゃいけないという葛藤とが入り混じり、
しばらくその場に立ち尽くしていました。
結局お礼を返すのに、10秒か20秒かぐらいかかったかもですね。


そして、この日を境に私は合戦に出ることをやめました。
もともと「お国のために~」な気持ちは強い方ではありませんでしたし、
嫌な思いするだけなんだから、無理して参加するのも精神衛生上良くないですしね。




で、あれから4年が経ちました。
仲の良かった知人のAさんはもう居ませんが、
皮肉なもので、このBさんは現在もプレイされています。
レベルは60なのでメインキャラではないんでしょうが、
両替前なんかで、今でもたま~に見かけます。


別段関わることはありませんが、
私はどうしても当時の事を忘れることができない。


あの時、なぜ私は嫌味を言われたまま何も言い返さなかったのか。
今となっては、怒りの感情よりもそちらの方が強い。


『党首として円滑に進めるため敢えて黙っていた?』


『相手にするのが面倒だから黙っていた?』


違う。


『何も言い返せなかった』だけ。
本当は答えは出ている。認めたくないだけで心の底では分かっている。
だからこそ、言われっぱなしで黙っていた自分に対する激しい自己嫌悪に苛まれます。


4年という月日が経っても、
未だに当時のことを忘れられない自分が情けなくて情けなくて。

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文章だけの長々とした記事ですみません。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。

昔話【ドラクエ的勇者(前編)】

2011年04月25日
こんにちは。うにです。


今日はちと昔話をしようと思います。
現在より約4年前の2007年3月
破天初期の頃の話になります。


現在はもういませんが、
当時、私にはものすごい仲の良い知人がいました。
その人をAさんとします。
下記リンクの記事と同一の人です。


昔話【居なくなってしまった知人(前編)】
昔話【居なくなってしまった知人(後編)】


ちょうどこの頃は、3rdの忍者を育てている時で、
レベルは30そこそこ。
知人のAさんはあんまりレベルを上げたがらない人で、
全キャラレベルは20代。
ちょうど私の3rd忍者とレベル帯も近いですし、
よく党首して、低レベル帯のTDに連れてってました。


レベルを上げたがらないのに、TDには行く気があったのは、
銅銭にこだわってるところがあったからです。
経験や断片狩りに誘っても、全然乗らないクセに、
TDだけは、誘えばほいほいついてきました。
まぁ、私としては
早くレベルを上げてもらって高レベル帯で一緒に遊びたいという思いがあったので、
積極的に誘ってましたね。
ただし、あくまで銅銭が欲しいだけなので、
修得目的ではなく、クリア目的で募集を出してたんですが。


んで、その出来事はいつものようにAさんを銅銭TDに誘った時のことでした。
募集して、7人揃って詰め所へ。
飛んだ先は、安計呂山の庵
龍爪山古刹鶯谷姫塚ならほぼ確実に30分程度でクリアできますが、
このレベル帯の安計呂は、速攻クリアできるかはかなり運次第で、
正直、銅銭目的としては最悪なところ。


(一番飛んでほしくないところに飛んだなぁ~・・・。)


とは思いましたが、
党首ですし、そんなことも言ってられません。

この時はまだ、私の信onプレイ史上もっとも忘れることができない日になるとは夢にも思いませんでした。




私はこの時、頭装備は天狗面に鹿角立物、
髪の色は赤という感じだったんですが、
知人のAさんが試練開始してほどなくして、


Aさん:「赤髪に鹿角天狗、カッコいいなぁ~。」


と言うと、徒党員のある方(以後、Bさんとします)が、


Bさん:「いや、カッコいいというよりは・・・」


(・・・。)

これをどう捉えるかは人それぞれですが、
私は嫌味に聞こえました。
この時点では、「考えすぎじゃ?」と思われるかもしれません。
その後に起こる出来事を考えると、私は悪意を持って言った一言だったんだなと判断してます。


(・・・言わなくてもいいことを。いちいち嫌味な奴だな。)


んで、この発言の後に知人のAさんが対話で、


Aさん:「意味がわからん。カッコいいというよりは・・・なんなの?」


うに:『変って言いたいんでしょ?いいよ反応しなくても。』


Aさん:「そうなん?」


ま、AさんBさんのやり取りだったので、無難にスルーするのが一番。
Aさんにも反応するなと言って納得させときました。


ちなみに、このレベル帯の安計呂のクリア手順ですが、
童からワープして鍵を集め、その鍵で開く扉の奥に配置されているNPC(徳望尼)に話かける、というものです。
しかし、鍵は4種類ある上、徳望尼がどの扉の奥に配置されるかは完全にランダム。
しかも、童ワープは全8箇所でワープした先にも赤Nがいます。
速攻クリアして入りなおすには、ちょっと厳しいところ。


本当は、寝かし隠しを駆使したいところですが、
自分は神職ではありませんし、
そもそも修得が終わってないからTDに来るわけで、
いくらクリアメインで募集したとしても、ザコ敵を避けるっていうのは厳しいです。
なので、ワープした先の部屋を狩る必要があったんですが、
その時に、それは起こりました。


『とりあえず、この部屋の敵全部狩りますね^^』


と言って、釣って倒してを繰り返していたんですが、
途中、Bさんが口を開きました。


ドラクエ的勇者な方がいるんですが・・・。」


(・・・!)

・・・思いも寄らぬ痛烈な一言でした。




長くなったので、続きは明日更新します。

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昔話【信濃の鬼小熊】

2011年02月09日
時は飛龍時代。
現在は武田家の領国となっている信濃という国に、
私は単身赴いていた。


現在レベルは24。
泣き草・堕落・辻修得を終え、
本来であれば、TDや経験徒党に入り、
レベル30ぐらいから始まる楮などの断片集めに備えるのが一般的だが、
どうにも、僧という職は需要が低いようで、
あまりお誘いの対話を頂くことはない。


修得徒党が終わって、少し行き詰っていた感があり、
自分とほぼ同時期に始めた知人のKさんに相談してみた。
すると、鬼小熊という敵の存在を教えてもらい、
「ソロでも倒せるからやってみたらどう?」
と勧められた。


鬼小熊というのは、信濃にいる少数構成のNPCだ。
レベルはだいたい21~26ぐらいで、POP時間も短く沸く数もそれなりに多い。
少し時間はかかるが、僧でも一人で倒せるし、
経験や修得もそこそこ入る。
そして、なにより所属する斎藤家の領国、美濃の隣国だから気軽に行ける。
そんなこんなで、
この頃は、ログインするとすぐに信濃に行ってたような気がする。


ある日、いつものように信濃へ向かうと、
先客がいた。(Mさんとします。)

まぁ、珍しいことではない。
鬼小熊は、徒党を組む時間が無い人やソロを好む人などには密かに人気があるのだ。
とは言っても、POP数は限られてるし、お互い奪い合いをしてもしょうがない。
私はMさんに対話し、『一緒にやりませんか?』と誘うと、
快く了承してくれた。


やっぱり、一人で黙々とやるより、
二人で話しながらやる方が断然面白い。
何より、お互いの会話の話題が合う。

私は割と歴史に興味がある人間だったので、
そのことについての会話ができたというのが私にとっては一番嬉しかった。
Mさんは、私がこのゲームを始めて、
一番最初にできた歴史好きな知人だった。


と言っても、私などよりも数段詳しく、
聞き役に回ることが多かったけれども。
ともかく、この頃は毎日ログインするのが本当に楽しみだった。


二人で一緒に狩りをし始めてどれぐらい経っただろうか。
Mさんはあんまりプレイ時間が取れない人だったから、
私とは少しずつレベルが離れていく。
やがて私が鬼小熊狩りを卒業する日がきた。
まだまだ二人で一緒に狩りをしていたかったが仕方がない。
強くなるためには、より強い敵と戦うしかないのだ。


そして、私が鬼小熊狩りを卒業するとほぼ同時に、
Mさんはあんまりログインすることがなくなった。
今考えてみたら、私に無理して合わせてくれてたのかなとも思う。
そして、そのまま飛龍の半ばに引退宣言して戦国の世を去ってしまわれた。



修得狩りが終わったLv20代中盤のこの時期は、私が信onを始めて一番最初にぶち当たった壁と言っていい。
この当時最も誘われにくかった僧という職を1stキャラに選んだからだ。


そんな時期に、Mさんを始め他にも多くの人と鬼小熊狩りを通じて知り合えたし、自キャラを成長させることもできた。
私がこの信濃という地で得たものは、計り知れないぐらい大きい。


今でも、信濃へ来ると、
当時の事を思い出し、懐かしさや寂しさ等、いろんな感情が湧き起こってくる。
私にとって、信濃というところは特別な場所であり、
鬼小熊狩りは自身の信onでの原点なのだ。


あれから、6年が過ぎ、
あの頃に知り合った人はみんな居なくなってしまったけれども、
知人達との思い出は今でも私の胸に残っている。

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