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関ヶ原の合戦

2010年09月15日
こんばんは。うにです。


注:今日は信onは関係ありません


410年前の今日、9月15日は関ヶ原の合戦があった日というのはご存知でしょうか?
(旧暦の9月15日なので、厳密に言うと1ヶ月ぐらい違うんですが)
徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍が激突した天下分け目の合戦

両軍合わせて16万近くの兵力だったにもかかわらず、
朝始まった戦いは、昼過ぎには終わるという速攻劇でした。


当時の人にしても、
これだけの大兵力が集結して、僅か1日で決着が着くと予想することができた人は少なかったんじゃないかなと思います。


世間では、百戦錬磨の家康に対し、

『合戦経験が乏しく、人望や石高・動員兵力も圧倒的に劣る三成が勝つ確率は低いだろう。』

そういった下馬評を覆すほど、
序盤は西軍有利な戦いでした。

小西行長にしても大谷吉継にしても奮戦しましたし、
なにより、宇喜多秀家(というか家臣の明石全登)の頑張りが大きかったですね。
まぁ、結局小早川秀秋が東軍に内応して西軍に襲撃し、
あっけなく負けてしまうんですが、
歴史好きとしては、いろんなIf Storyを考えるもの


小早川秀秋の内応や、
毛利・長宗我部の不戦がなければ
最終的な勝敗も変わっていたのかな~なんて思ったりします
(毛利らに関しては進軍を阻まれたのでどうしようもないですが)


私も今までいろんな歴史小説を読んできましたが、
やっぱり、関ヶ原関連のIfモノは多いですね^^

それだけ、題材としては取り上げやすく、
また魅力ある合戦なんだと思います


んで、考えうるIfですが、

もし、合戦が長引いていたら?
もし、小早川秀秋が西軍として戦っていたなら?
もし、三成が挙兵していなかったら?



などですが、
やっぱり一番気になるのは、合戦が長引いた場合。
西軍には、立花宗茂らの大津城攻略部隊がすぐ近くにいましたし、
東軍には、家康の次男秀忠率いる軍勢もいましたからね。
予想は難しいですが、
また違った歴史になっていた可能性も無きにしも非ずだと思います。
(黒田如水なんかも九州でコソコソやってましたしw)

いずれにしても、
そういうの考えるのって結構楽しいですよ



信onプレイヤーの中には、
私のように元々歴史が好きで始めた人もいるでしょうし、
まったく興味はないって人もいるでしょう。
(というか、大半はそうなんでしょうかね?)

せっかく、戦国時代を舞台にしたゲームをやってるわけですし、
少し興味を持ってみるってのもいいかもしれないですね^^

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